中古車屋のひとり言

120円くれませんか?の切ない出来事。そして色々考えさせられた。

先週の日曜日の6時ごろの出来事。

停車中のうちの奥さんの車に小学校1年生ぐらいの男の子と幼稚園の年長さんぐらいの男の子が近付いてきた。
恐らく兄弟と思われる男の子たちは奥さんの車の窓をコンコンとたたいた。
奥さんが窓を開けると大きい方の男の子が奥さんに声をかけた。
「すいません、僕たちのどが渇いたので120円くれませんか?
あの自動販売機でジュースを買いたいのです」

奥さんはたまたま財布を持ってきていなかったので
「ごめんね、おばちゃんお金持ってないのよ。」
そう告げると男の子たちは残念そうにトボトボと車から離れていった。

まもなく奥さんはいざと言う時のために携帯電話のケースに千円札が入ってあったの思い出し兄弟を追いかけた。
「おばちゃんお金もってたわ」
兄弟の顔はみるみる晴れやかになった。
ジュースを買うと言っていた自動販売機のところに一緒に行って
「どれがいい?」と声をかけると、兄は温かいコーンスープを選んだ。

弟の方にも同じように「どれがいい?」と声をかけた。
すると兄が「2人で分けるから1本でいい」
と言って2本目はジュースは買わなかった。

兄弟は1本の温かいコーンスープを「熱い熱い」と言いながらうれしそうに交代で手に取った。
そして兄弟は半分ずつ飲んだ。

「僕たちもう6時だけどおうちには帰らないの?」

「うん、家に帰っても誰もいないから。」

よく見るとこの季節にはそぐわない薄着だった。

奥さんはいろいろなこと想像したんだけど、これ以上どうしていいかわからず、
「ありがとう」と言い残してトボトボとを歩いて行く兄弟を見送った。

その話を奥さんから聞いた時何とも言えない気持ちになった。
もしかして子供たちは親から食べるものもロクに与えられていないかも知れない。
寒さに震えているかもしれない。
叩かれているのかもしれない。
一番守って欲しい、愛情を注いでほしい相手から恐怖を与えられているのかもしれない、

いやいや、この兄弟はそういうことを遊びでやっているのかもしれない。
以前にそういうふうにお願いをしたら大人が気前よくおごってくれたので味を占めたのかも知れない・・・

だったらどんなに良いだろう。
その方が僕にとっては心が休まる。

でも逆だったらどうしよう?
120円のジュースが買えない兄弟がだったらどうしよう?
いやきっとそうなんだ。

僕たちは普段、経済活動をしている。
経済活動をするために日本が発展したしてきたと言っても過言ではない。
経済活動は誰のためにするのか?と言うと家族を幸せにし、そして自分も幸せになりたいからだと僕は思う。
お金は「人を幸せにするための道具のうちの大切な一つだと思っています。」

でもね、稼げるのは大人だけ、子供たちは自分で稼げないのですよ。
あの兄弟はどうして自分たちで「120円」の経済活動を行ったのか?

なんか普段の「価値観」に少し疑問を感じた。
何のために働いているか?と言えば、もちろん経済活動なんだけど、
何のために経済活動するのか?と言えば・・・

「幸せ」になるため?
では誰を?
もしくは誰が?

話を中古車業界に置き換えます。
最近は色々な販売方法が蔓延してます。
お客様も色々な買い方が選択できます。
その方法は一見お得なように見えて業界が儲かるものばかりです。
あんまり詳しく書いたらまた怒られるけど・・・

人は幸せなるためにモノ購入する。
ということは売る方は「幸せ」を売る必要がある。

なんかさあ、どっかに行ってしまってないかい?

120円の話を聞いて色々なことが寂しく感じた。
本来僕らは幸せになるために、幸せにするために生きてるんとちゃうの?

お金に囚われて右往左往している世間を見るとなんだか不幸な人を生み出しているように思えてきた。
本当の幸せはどこにあるのか分からない人が多くなっている感じがする。

僕たちは本当に毎日毎日なのために生きているのだろう。
僕たちがやっている行為と言うのは人を幸せにできているのだろうか?
少なくとも僕は僕の周りにいる人たち、家族も含めてお客様も幸せになって欲しい。
そしてあの兄弟も幸せになって欲しい。

翌日子供たちが現れたと言う場所にその時間帯に行ってみた。
30分ほど留まったけどそれらしき兄弟は現れなかった。
まあ、現れたからと言ってどうしたかったのかもわからないけど。
あの子たちは一体どこから来てどこに行ったのだろう。
今温かいご飯を食べているのならいいが・・・

僕は僕が今日できる最高の仕事をしよう。