過去の栄光にすがってみる

2007年04月04日

最近、あまり寝てないのもあって、
今日は11時半頃にウトウトしていた
ところが、携帯電話のベルが・・・
電話の主はタマだった。
少し遅れて開催された誕生会がよほど嬉しかったのか、
電話の向こうから聞こえてくる声はハイテンションだった。
ありがとう・・・・わざわざ電話してきてくれて。
おかげでバッチリ目が覚めてこうしてブログを書いています。

ここ2,3日前から発生している黄砂のおかげで
かなりの台数の洗車をしている。
中途半端な坊主頭の僕がツナギ着て長靴履いて、
車洗っている姿をお客様が見て、
「随分と雰囲気が変わったな・・・」
まあ確かに、頭使って仕事してるようには見えんわな。

今日はお客様とツーリングワゴンの3.0Rの試乗をした。
これまでBGの250Tを所有されていたお客様、
アクセルを踏むたびに
「うわっ!?」
「おおっ!?」
かなり感動されていた様子。
一緒に乗っていた僕まで嬉しくなった。
3.0R、やっぱりいい車です。

子供の頃からの才能が段々となくなっていく。
正確に言えば才能と言うほどの物でもないのだが、
得意なことがいくつかあったのが、
それが得意でなくなったばかりか、
どんなことが得意だったのかも思い出せなくなっている。

歌が上手く歌えたこと。
腰が柔らかかったこと。
打球を遠くへ飛ばせたこと。

もしかしたら歌はそれほど上手くなかったのかも知れない。
昔はカラオケなどと言うものがなかったので
歌を歌う機会がなかっただけで、歌う機会されあれば、
上手く歌える人がたくさん居たのかもしれない。
対して僕はいつでも人前で歌っていた。
歌うとみんなが褒めるので、もしかしたら
「上手いのかも・・・・?」と錯覚して
余計に調子に乗って歌っていた。
ところがカラオケなるものが出現して
みんなが人前で歌うことの多くなった事で
僕は単に大きな声で歌うだけの人だということがばれてしまった。
新年会で「嫌だ」と言うのに久しぶりにカラオケを歌わされた。
BIGINの「涙そうそう」を1コーラス歌ったところで
周りから「音痴やな」という声が聞こえた。

腰は柔らかかった。
股関節や前屈は異常な体の固さだったが、
上体を反らすことや、体をひねることにかけては
異常に柔らかかった。
ブリッジで大人二人を乗せても平気だった。
うつむきの上体から体を反らすと
しゃちほこのように体を反らせる事ができた。
ところが今はヘルニアのせいか、
背筋を伸ばすことがやっとで、ブリッジなんてとても・・・
肩関節まで固くなってきたので、
紛瘤腫の手術跡が痒いのだが、背中すら掻けない。
これでよくピッチャーが出来ているものだと思う。

腰が柔らかかったのもあって、
特に力が強いわけでもなかったのだが、
回転の力で、とにかく打球は遠くへ飛ばせた。
バットの芯を食わなくても、打球は外野の頭を超えた。
ところが今はどうだろう?
打席に立っても相手の外野は下がってくれない。
若い頃は飛距離では誰にも負ける気がしなかったが、
今は芯食っても、ホームランになるような気がしない。
年を食うというのは本当に悲しいことだ

あといくつか、得意なことがあったような気がするのだが・・・
何が得意だったのかすらも思い出せない。
そのうち何も出来なくなってしまうような不安に駆られる。
車の売り方も忘れたりして・・・・?

今のうちに、もっともっと、がんばろうっと
みんな、若いうちやで