息子よ、本当にありがとう

野球部に所属している息子は高校3年。

息子のポジションはキャッチャー。
150人所帯のこの野球部で同じポジションの選手は同学年だけで9人。
それでも彼はレギュラーになることを目指して必死に練習をしました。

通常練習ではブルペンに入ることも多かった分、
自分のバッティングの時間を作るべく、
朝は暗いうちから朝練に行き、夜は居残り練習で家に帰ってくるのは
日付が変わる寸前の日もしょっちゅうありました。

そして先日、夏の選手権のメンバー発表の日を迎えました。
残念ながら、彼はメンバーには入れませんでした。
自分ではメンバー入りできない可能性が大きいことを理解しながらも
ほんの数ミリの期待を胸に抱いて発表の場に臨んだ彼は
その現実が付きつけられて混乱しているようでした。

それでもその日は残って練習したらしく9時前に家に帰って来ました。
イライラしたような、情けないような、親の僕たちに申し訳なさそうな、
息子のこんな表情は初めて見ました。

メンバー入りできなかった選手は翌日の引退試合に出場します。
これで本当に野球人生の最後の試合になるかも知れません。

「バッティングセンターに行くわ」
「最後やから絶対にホームラン打つねん」

その言葉に押されて車で20分ほどのバッティングセンターに行きました。

息子は狂ったようにバットを振ってました。
もう足腰が千切れるぐらいバットを振ってました。
鬼気迫る表情でバットを振ってました。
悔しくて情けなくて切ない気持ちをボールにぶつけてるようにも見えました。
僕らはその光景を何とも言えない気持ちで見ていました。

家に帰ってきたのは10時半過ぎ。

「素振りしてくるわ」

息子はさらにバットを振ってました。

そして翌日・・・・
本当に最後の、引退試合の日を迎えました。

引退試合は立派な野球場でナイターで行われました。
この日、引退する3年生50人近くを全員出場させるべく、
めまぐるしくメンバーが入れ替わりました。

7回の守備から彼は出場しました。
僕は彼の最後の背番号2番の姿を撮影しようとカメラを構えるものの、
手が震えてうまく撮影が出来ませんでした。

そして8回表に迎えた彼のこの試合最初で最後の打席。
フルスイングで2球ファウルした後、
結果はどん詰まりのショートゴロでした。
彼は高校生活最後の打席を終えました。

試合は勝利で終えました。
礼が終わって皆がそれぞれの健闘をたたえ合い、
感極まって涙する選手が多い中、息子は終始笑顔でした。

試合が終わってもみんな名残惜しいのか、なかなか帰ろうとしませんでした。

それでも、最後の時間はやってきます。
1人帰り、2人帰り、息子も帰路に付きました。

帰りの車の中、なんとなく重苦しい時間が流れました。
何気ない会話をポツポツと交わしました。
すると突然彼が

「お父さん、お母さん、今まで野球をやらせてくれてありがとう」

彼の精一杯の言葉に肩が震えました。

僕がソフトボールをやっていた関係で、小学校の低学年の時にソフトボールを握り、
他のスポーツの選択肢はなかった中で、平日も土日も一生懸命練習。
雨の日もバットを振らせたこともあったし、
友達と遊びたい時でも諦めさせていたこともいっぱいあったと思う。

中学校からは硬式野球、そして高校に入っても早朝から夜おそくまで野球の練習。
この10年ほどは開けても暮れても野球やったなぁ。
平日はおろか、土日も全然遊ばれへんかったよな。
人一倍、練習したよな。
高校入って初めて練習試合で「ホームラン打った」って聞いた時は涙が止まらんかった。

僕が引き込んだ野球にあなたは本当に一生懸命取り組んでくれた。
頭が下がる思いや。

楽しませてもらったのは僕の方や。
仕事の合間縫って試合や練習見に行くのがどれだけ楽しかったことか。
正直、もうちょっと見たい気持ちはあるけど、お父さんはほんまに楽しかったで。
だからな、お礼を言うのは僕の方や。

「息子よ、本当にありがとう」