あれは絶対に・・・

最近、ある光景を見て学生の頃を思い出した。

大学の時は京都の北区にいた。
築50年以上、風呂なし、共同便所のボロアパートに住んでいて、
昼間は授業が終わると部活のソフトボール、夜は喫茶店でアルバイトしていた。

お金がない時はクリープ(粉末のコーヒーフレッシュ)でしのいでいた。
あるだけのお金を持ち寄って開催する鍋パーティーはメチャクチャ楽しかった。
昔の体育会系のノリだったので、そのまま酔っ払って男女で雑魚寝しても
なんの問題も起きなかった。
(今から考えるとちょっと惜しいことをした)

エクワインという京都ではちょっと有名な喫茶店でバイトしていた。
お店は12時までだったので、いつも帰りは真夜中だった。
喫茶店のバイトは時給が安かったけど、
仲間がいっぱいいたので楽しかったし、
飲食店なので、たまに余ったパンや缶詰を持って帰ったりもできた。

ある日、お金がなくてガソリンを入れることが出来なかった。
バイト先までの通勤は主に原付バイクで15分ほどの距離。
(バイトの往復ぐらいは何とかなるだろう。)

その日はクリスマスイブ、もちろんバイト先にもカップルばかり。
忙しい一日を終えて、午前1時頃にバイト先を後にした。

その頃の京都は雪が多くて、その日も外に出るとかなりの雪が積もっていた。
まさにホワイトクリスマス。
バイクをこかさないように慎重に運転した。

クリスマスに一人ぼっちだったけど、
雪のクリスマスはなんとなくウキウキとさせるものがあった。

寒いから早く帰ろう。
バイト先からくすねてきたパンとミートソースの缶詰も
一人ぼっちの寂しさを紛らわすには十分な楽しみだった。

が・・・・
プスンプスン・・・・
恐れていたガス欠が起こった。

ガソリンを入れるお金はない。
あったとしてもガソリンスタンドは開いてない。
もちろん、当時は携帯電話などはない。

仕方がないのでバイクを押して帰ることにした。
相変わらず、雪は降り続く。
靴がびしょびしょになってきて足の指の感覚がなくなってきた。
ミートソースの缶詰と日にちの経ったパンはものすごく重く感じると同時に
根拠もなくうきうきとした気持ちが、突然に現実に引き戻された。

京都市内と言ってもかなり北部の方なので、寒くて寒くてたまらない。
指の感覚も耳の感覚もなくなってきて、
冬山で遭難する人はこんな感じなんかな?とも思った。

しかし、ここで、ある信じられない光景に出会った。
目の前に光る二つの物体。
真っ暗だったので何がなんだか分からなかった。
ルーベンスの絵を見た最後のネロのごとく、
僕にもある種のお迎えが来たのかと真剣に目を疑った。

良く見ても分からなかった。
でも、その二つの光もしっかりとこちらに向かっていた。

だんだんと目が慣れてきた。
なんか、太った猫のように見えた。
でも、猫にしてはかなり毛むくじゃらで、雰囲気はあきらかに異なっていた。

あれはいったい何やったんやろう?
その出来事で少し興奮して、雪の日にバイクを押して帰ることの辛さも
クリスマスにロンリーな寂しさもすっかり忘れてしまった。

あくる日にバイト先の先輩にそのことを話した。
「ああ、それはタヌキやで、この辺にはようけおる」
な、なに?タヌキ?京都には野生のタヌキがいるんや・・・?

いや、考えたらそんなに驚くほどのこともない。
バイト先の正面は山でこれまでもサルや鹿などは見たことがあった。
イノシシの目撃情報もあったし、タヌキがおっても不思議ではない。

で、冒頭の話に戻るわけですが、
何でこんなことを思い出したかと言うと・・・・

見たんですよ。
それも店のすぐそばで。
あれは紛れもなくタヌキ。
20年ちょっと前に見たあのタヌキと全く同じ二つの光を持った瞳。
毛むくじゃらで少し太った体。
信じられないけど堺市北区でタヌキがいたんです。
(堺市でも山間部では多分生息するんでしょう)

帰ってから嫁に興奮しながらその話をした。
(あ、嫁に興奮したのではありません)
すると、嫁は
「ああ、はいはい、タヌキね。おったんやなぁ、タヌキがね」
いや、ちゃうねん、ほんまにタヌキがおったんや。
「ああ、ほんまにおったんやね。信じてる、信じてる」
って、あんた、全然信じてないやん。

あれは絶対に、誰がなんと言おうとタヌキや。
今度、見たら写真取ったる。
もしかしたら、あなたのそばにもタヌキがおるかもしれませんよ???